tvに出てる乙武氏を見ていて思ったコト

今日のテレビ東京「週刊ニュース新書」で、たった3年間の臨時採用教員の経験しかない乙武洋匡氏が
教育を語っていた。

乙武氏は
「多様性が大事」
と言うが...

そっちの方に偏りすぎてるのが間違いなんでしょ(¬_¬)

多様性やら個性、そういったものはつまり、遠心力
そればっかりだと社会を構成する人たちはバラバラにバラけてしまう。
みんなでまとまろう団結しようという意識が希薄になってしまう。
逆に公共の常識やら道徳、倫理、マナー、そういう
社会を構成する人たちの共通する価値観、みなでまとまろう団結しようという意識が求心力
ふたつのバランスが崩れたら社会は成り立たない。
多様性だとか個性だとかそんなコトばっかり強調してるから、
その傾向が強まれば強まるほどに日本人は生きづらくなっている。
当たり前だよね。
だって、公の中で自分がどういうふうに振る舞えばそれは正解であるのかという
暗黙のルール(共通の価値観)があるハズなのにそれを否定しちゃってるんだから、
みんな自分がどうやって行動していいのかわからず、
びくびくしながら生きている...そんな感じ。

乙武氏は
「押しつけることなく子供の自己決定権を尊重することが大事」
とも言うが、それって要するに体のいい育児放棄、大人による教育の放棄じゃないか。
昨年の「はだしのゲン」閉架騒動の時、
「子供が読みたがれば読ませる」
という母親がいたが、子供が読みたがるのであれば週刊プレイボーイや檀蜜の写真集も
小学校や中学校の図書室に置いておいても良いと言うのか?

学校教育に、子供に対して価値観を押しつける側面があることは当たり前のコト。
その価値観とは愛国心が基礎になるのは間違いない。
愛国心を否定して日本国民が団結することができるだろうか。
社会というものが国家を基本の単位としているのだから当たり前なのだ。
日本国民が団結することなしに我々国民が常識やら一定の道徳観、
価値観を共有するコトは絶対に不可能だ。

人間は何もない所から何かを考え出すことはできない。
子供の頃に親や学校で押しつけられた価値観を基にして自分なりに思考を巡らせ、
いろんな場面で意思決定をし自分の価値観を形成していくのだと思う。
乙武氏の主張するような、子供の頃からなんでもかんでも自分で答えを出せる人間はいない。

乙武氏はそもそも、教員としての適性があって自分もそこまで現場を大事にする気があるなら、
どうして子供たちを置き去りにして、たった3年で現場を放りだしたのか。
本当に現場を大事に、子供を教育を大事に思う教員は、
教頭や校長に出世するコトすら拒否して教壇に立ち続けることを自ら選択し、
地道に仕事をしている。
オレの高校の卓球部の恩師もそういう教員だった。
マスコミにはそういう現場の教員の地道な頑張りをとり上げるようにしてほしい。


2月2日 追記)
浅学ながら、心理学を専攻したものとして付け足しておきたい。
乙武氏は小学校の児童に自己決定する権利、つまり自分で何が正解なのかを
子供が主体的に考えて行動するコトを重要視しているようなのだが、
しかし、発達の段階としては、小学生くらいの頃は、
自分がどういうふうに行動すれば親や先生などが喜んでくれるのか、
どうすれば自分が親や先生から褒めてもらえるのかを考えて行動するのが普通の姿なのだ。
子供はそういったことから大人たちの価値観を自分なりに学びとっている。
乙武氏の主張のようにヘンに気を回す必要はまったくないのだ。
...って、前述したこととおんなじようなコトを繰り返しただけになってしまった(・ω≦) テヘペロッ
まぁいいや('A`)y-~






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